
先日「岩手宮城内陸地震」が起きましたときには、「気づかい書き込み」や「安否書き込み」、また「大丈夫か?メール」や「姉さん、逃げて!メール」などたくさん頂きました。嬉しくて嬉しくて。本当にありがとうございます。あの日は休みで自宅におり、「あと眉を書くだけ」の状態になっていたところ、カタカタカタ・・ガタガタガタ・・ドンガラドンガラ・・・と大きく騒がしく揺れ始め、立っているのがやっとの大きな地震が来ました。揺れ始めたとき、これはいつも同じ行動を取るのですが、まずサッシ戸をあけ出口を確保すると娘が2Fにいましたので、階段の下までやっと移動すると何度も娘の名前を呼びました。まだ、コンタクトレンズをつける前で、慌てていたため眼鏡もかけられずにいた娘は視界の悪さと大きな揺れに「怖いよ、怖いよ」といいながら階段を下りてきました。そのころやっと揺れも小さくなっていましたが、揺れがピークになっていたあたりに停電になっていましたので震度など地震に対しての詳しい情報は分からず、けれどラジヲがあったのでそれで情報を得ることにしました。ただものすごく動揺していたのでしょう、ラジヲから流れる声に集中して聞くことができませんでした。ですが、どの地域でどれくらいの震度だったのかはわかりましたので、自分の住んでいるところが「震度5強」だったと知ることができました。ですが、実家のある街が「震度6強」と聞いて、(電話は通じないかもしれないと思い)甥と姪にメールしました。実家の人たちが心配なのはもちろんですが、猫の「チーちゃん」がとても気になりまして。でもなかなか返信がありません。で、電話を入れました。通じました♪
呼び出し音一回で甥が出て「大丈夫だよ」と明るい声でしたので安心し、チーも大丈夫だというのでなお安心しました。ですが、この日は余震の回数が多く、うんざりしてイライラしてきました。夜も小さな余震にさえ起きるほどでしたが、次の日になると揺れ始めると「うん。これは震度2くらいだな。大丈夫だ」とか「おや、これは震度3確実だな。サッシ戸、あけたほうが良いな」などと思いようになりました。もちろん震度3くらい(体で測った震度)では、狂ったように娘の名前などは呼びません(笑)
おかげさまで実家の被害は食器やガラスが割れたくらいでしたが、震源地に近い方では予想をはるかに越えた被害で言葉にもなりませんでした。山が崩れたダム近辺は、前はどんな形だったか思い出せません。土砂でつぶされた川はとても綺麗な所で前に「芋煮会」で楽しんだ場所でした。土石流で押し流された温泉宿や、川がせき止められたために水が増水し泥水の中にポツンと取り残された温泉宿は地震前はとてもしずかで風情のあるところでした。また、エメラルドグリーンの水が流れ、名水100選に選ばれた渓谷は見る影もなく、底の方をチョロチョロと泥水が流れる渓谷になりました。
復興するにはあと何年かかるかわかりません。もしかしたらもう前のようにはならないかもしれません。
いくつもの大きな企業が進出して来ることが決まっている宮城はこれからますます活気溢れる県になるはずでした。企業が進出して来るところは今回の地震の被害は全く無かったのですが、ただ宮城のイメージが・・・はぁ~~~~
いや、ここであたしなんぞが落ち込んでいてもしようがあるまい。ここはひとつポジティブにポジティブに進んでいかねば^^b
と、いうことで画像はあたしがすっごく心配した「チーちゃん:7ヶ月」でした。
あ、でも今回は「内陸」でして、宮城にはまだ「三陸沖地震」の脅威がありました。
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